お侍様 小劇場

    “これも“尋常”カテゴリー?” (お侍 番外編 72)
 


 秋もその末を迎えつつあるその兆しか、その夜陰の帳
(とばり)も闇色の冴えと深みをいや増しており。

 「……で?」

 開口一番、短い一言でお訊きの宗主・勘兵衛様へ、ともすれば意外なほど、怯みも竦みもしないまま、背条伸ばした凛とした態度で、七郎次が応じて見せる。

 「どうやら素人さんだったらしいので。
  私共へのストーカーのような真似は金輪際おやめなさいと、
  そう言い含めて帰しました。」

 「…帰した?」

 いつになく、ともすれば怒りを含んでいそうに見えるほど、怖いくらいに厳しい顔付きの勘兵衛だというに。不思議と七郎次の態度は揺るぎもしないままであり。咎めるような気色に満ちた訊き返しへも、はいと切れよく頷くと、

 「島田の人間へとしての探査なら、あのように判りやすくも近づきはしない。
  素人じみた尾行も不自然でしたし、
  もっと大外から、個人情報を精査してという方法で鍵を得て、
  それから…そうですね。
  メールや伝言という形で、
  姿を見せずにじわじわと接近して来る方が効果的です。」
 「……。」
 「人目は避けるのが向こうにも必須となるような、
  そんな相手が恐れる対象としてしか、
  我ら“島田”という存在、広くは知られておりませぬ。」

 強調も揶揄も何も孕まぬまま、さらりと言い切った七郎次であり、

 「なので。
  尾行行為もすぐに暴かれ、
  不意を突いての、こちらから掴みかかっただけで、
  驚きのあまり腰を抜かしかかってしまわれたような。
  ごくごく市井の調査員の方が、
  そちらの方面の訊き込みや尾行をしていたとも思えません。」

 「…成程の。」

 論を尽くした説明に、一応は納得もいったものか。会社から戻って来たまま、ジャケットだけを部屋着に代えた家長様。書斎のデスクに添えられた、革張りのひじ掛け椅子に腰掛けて足を組み。少々感慨深げな表情のまま、大きな手の指を胸の前にて組み合わせておいでだったが、

 「断言するのはどうかとも思うが、対処としては間違ってはおらぬな。」
 「?」

 もしやして、騒動を起こさせ我らの対処を見たかった、そのためだけの道化やオトリだったのかも。
 そうでしょうか、そこまで…このご町内だとまで精密に、勘兵衛様の居場所を突き止めている組織があるのでしょうか。
 判らぬぞ? 突き止めてはおるが、脅威に思っておらぬような組織なら。

 「例えば?」

 壮年専門出会い系サイトの経営者とか言わんでくださいませよ? なんの、昔は美形だった壮年コンテストの主催者とか。

 「………もう寝る。」

 何だか話が大きに脱線して来たものだから。一応はと七郎次に付き合って、残業で遅くなった勘兵衛を起きて待ってた久蔵が、呆れたように投げ出す口調、そんな宣言をしたのも判らんではなかったが。

 “島田の筋の関係を疑っている者かどうかはさておき、
  相手を解放せなんだら、
  どちらにしても話は大きくなるばかりであったことだろな。”

 怪我でも負わせて言い含めても、何処ぞかに略取して徹底的に絞ったとしても。黒でも白でも単なる手先、黒だったなら黒幕が手掛かりを得たとほくそ笑むだろし、白だったなら…そうまでして何を隠すかとの、余計な関心を持つ手合いを生み出さぬとも限らない。こたびは解放して様子を見るというのがなるほど最善の策であり、

 「あ、待って下さいな、久蔵殿。」

 ほら手を見せて。ああ、暖かいですね。じゃあ足は? ありゃ冷たい、湯たんぽ作りましょうね…と。わざわざしゃがみ込みまでしての手厚さ発揮し、すっかりいつもの彼へと戻った七郎次の柔らかな笑顔を見やりつつ、

 “全くの全然、錆びついておらぬから、
  年寄り連中も諦め悪く“諏訪の再興を”と唱え続けておるのだが。”

 きっちりと対処をしてくれて、余計な手間もかからず済んだ。こうまで優秀なのは、間違いなくの嬉しい誉れ。だがだが、こっち方面の対応に限っては、もちっと平々凡々でいてくれた方がいいのかも。甘い夜ほど、優しい言葉へほど、落ち着きなくして覚束ないお顔になってしまう人。それが…こういう事態への対処や態度はこれだもの。眠そうなお顔になってふにゅんとその身を凭れさす次男坊へ、甲斐甲斐しく手をかける女房殿の白い横顔、複雑な心持ちにて眺めておいでの勘兵衛様だったりしたそうな。






  ◇ おまけ ◇


 結局のところ、怪しい尾行男は単なる芸能関係のスカウトマンさんだったらしく、後日、あのきらびやかな二人はどっちも財界の大物のご落胤なので、手を出すと火傷をするぞという噂が流出。

 「…ドえらい噂を持ち出しましたねぇ。」
 「さようか? 芸能界へは財界の大物というのが効果は覿面なのでな。」

 スポンサーを怒らせるのが一番恐ろしい世界ですものね。

   ………そしてそして。

 駿河・木曽、各派の在京“草”の中から極秘に設けられていた、誰かさん専属の『護衛特別班』へ、それぞれの宗主(片やは仮がつく存在ながら…)から、精進を重ねよとのお達しが飛んだのは言うまでもなかったり。
(苦笑)

 「それってなんや、私的な仕事なんとちゃうん?」
 「それが、希望者の多い、結構 名誉な班やっちゅう話やで?」
 「…東方
(ヒガシ)は平和なこっちゃな。」

 まったくです…が、西方だって時々途轍もないお遊びしてますやん。おっかない“鬼さん”引っ張り出すのに、シチさん誘拐してみたりとか。
(苦笑)



    以上、ご報告まで。





  〜Fine〜  09.11.12.〜11.13.


  *怖い怖いお務めに関わる“島田”一族の、
   標準とか定規って一体…というお話。
   家事が専門のような日常を送っているシチさんも、
   いつぞや、山科の支家の若手の皆さんと一戦交えたほどの能力はお持ち。
   そこのところをちょっと浚いたくなりましてvv
   こんなお人でもあるから、
   久蔵さんはおっ母様だと慕っております。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

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